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武道の本来の意味

合気道は武道です

「武」と言いますのは

「戈(ほこ)※闘いや争いごと」を「止(と)むる」と書きます



本来の「武道」とは

「いざこざや争いごとを止める道」という意味なんです



いざこざや争いごとは己の心の中から始まります

己の心の中の「闘う心」「争う心」に打ち勝ち、浄化する力を身につけるのが

本来の武道の修練であります



2011年より中学校の体育で

選択制の武道が必修化されることになっておりますが

ぜひ本来の武道の意味を子供たちに理解させてほしいと思います



合気道は武道でありますが

格闘技ではありません



合気道の稽古で菅原先生や多田先生がよくおっしゃるのは

「相手は自分の一部」だということ

もしくは

「自分は演奏家・・・相手は楽器」

いずれにしても

相手を大切に扱うことを修練します

「攻撃対象」ではありません



「自分という宇宙」の中に相手を吸収し

相手もまた「宇宙」に同化する

それを現しているのが合気道の技です



合気道開祖



植芝盛平先生のお話を引用させていただきます





『武産合氣』(高橋秀雄編著 白光出版 初版)より

合気とは、敵と闘い、敵を破る術ではない。
世界を和合させ、
人類を一家たらしめる道である。
合気道の極意は、
己を宇宙の動きと調和させ、
己を宇宙そのものと一致させることにある。
合気道の極意を会得した者は、
宇宙がその腹中にあり、
「我は即ち宇宙」なのである。
私はこのことを、武を通じて悟った。

いかなる速技で、敵がおそいかかっても、私は敗れない。
それは、私の技が、敵の技より速いからではない。
これは、速い、おそいの問題ではない。
はじめから勝負がついているのだ。

敵が、「宇宙そのものである私」とあらそおうとすることは、
宇宙との調和を破ろうとしているのだ。
すなわち、私と争おうという気持ちをおこした瞬間に、
敵はすでに敗れているのだ。
そこには、速いとか、おそいとかいう、時の長さが全然存在しないのだ。

合気道は無抵抗主義である。
無抵抗なるが故に、
はじめから勝っているのだ。
邪気ある人間、
争う心のある人間は、
はじめから負けているのである。

ではいかにしたら、己の邪気をはらい、
心を清くして、
宇宙森羅万象の活動と調和することが出来るか?

それには、まず神の心を己の心とすることだ。
それは上下四方、
古往今来、
宇宙のすみずみまでにおよぶ、
偉大なる「愛」である。
「愛は争わない。」
「愛には敵がない。」
何者かを敵とし、
何者かと争う心は、すでに神の心ではないのだ。
これと一致しない人間は、宇宙と調和できない。
宇宙と調和できない人間の武は、
破壊の武であって、
真の武産(注:たけむす=神道の言葉で、武を生み出す根源)ではない。

だから、武技を争って、
勝ったり負けたりするのは真の武ではない。
真の武はいかなる場合にも絶対不敗である。
即ち絶対不敗とは絶対に何者とも争わぬことである。
勝つとは己の心の中の「争う心」にうちかつことである。
与えられた自己の使命をなしとげることである。

しかし、いかにその理論をむずかしく説いても、
それを実行しなければ、
その人はただの人間にすぎない。
合気道は、これを実行してはじめて偉大な力が加わり、
大自然そのものに一致することが出来るのである。




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Author:奥州道場WEB管理人
合気道奥州道場は、代表菅原美喜子が平成17年より岩手県奥州市を中心に活動しております。

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